日曜日は憂鬱

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糞ゲー・・・いやしかし名作 <DETOROITプレイ感想>ネタバレ微妙にするぞ

一番最初に言っておく。このゲームは名作だろう、と。

Detroit: Become Humanをプレイした。

ホントはもはやブログを書くのに飽きていて、新しい記事を書くつもりはなかったんだけども

久々にいいゲームをプレイできたので、感想を書かせて頂きたい。

いやしかし、微妙に流行に乗り遅れた感が・・・。

 

まあ前置きはここまでにして。

 

Detroit: Become Human HEAVY RAINを制作した会社が作るSFアドベンチャー

まず言っておこう!このゲームはガチガチのSFものだと思って購入すると糞ゲーという感想が出てくるぞ!

 

SFに対する事前準備をした

このゲームは発売前から注目度が高かったのか知らないが、ゲームの広告がよく目についていた。

近未来な発明品が近頃多く、浮いた話の全くないおっさんはアンドロイド技術が発展し、

現実世界で結月ゆかりちゃんに会える事を生きがいにしていたので、この手のSFものに、広告を見て少しばかりの興味が湧いた。

しかしあまりSFものにはゆかりがなく、定番ネタなどを知らないのは損に感じて、ロボット第三原則で有名な”われはロボット”というSF小説を購入し事前学習に励んだ・・・。

 

とまあクソ長い自分語り導入を語ったわけだが、この”われはロボット”は短編集となっており中々に読みやすく面白かったし、Detroit: Become Humanに対する期待感も高まったワケだ。

だあがしかし!このゲームにロボット第三原則を優先させる気はあんまり無アい! 

まあそれが今作のテーマなのかもしれないが、ロボットに対する心持ってる感がありすぎてもはやただのヒューマンドラマを見ているようだった。

 

それぞれの境遇に立ち向かい物語を紡ぐ登場人物たち

この記事を読んでいる方々ならご存知だとは思うが、このゲームには主人公が3人いてそれぞれ違う目的を持ち、その目的を果たすため様々な人物に出会う。

ここで自分はとあるゲームを思い出した。

このオムニバス形式感、選択結果で他の登場人物の物語を変えてしまうシステムのアドベンチャーゲーム

ーーーーーーそう、”街 〜運命の交差点〜”だ。

みなさんは”街 〜運命の交差点〜”というゲームを知っているだろうか?

知らない人に説明すると、日本製のpsとかpspとかで出てたサウンドノベルゲームだ。

まあサウンドノベルなのでDetroitには似ても似つかないのだが、先述したオムニバスでストーリ交差のシステムが近く感じ、あのゲームに当時感銘を受けていた自分はこのゲームに近しい何かを感じた。

 

というか感じてしまったのだ。

そもそもこのゲームに期待していたものは、SFドラマ的なものでありヒューマンドラマ調の革命物語がやりたかったワケでは無いのだ!

街 〜運命の交差点〜”の良さは脇役含めた登場人物たちの濃さであり、彼らの織りなすヒューマンドラマにこちらの選択が介入するところでもあった。

 

だがそれに期待していない!期待してないんだよぉ!

コナーくん編はまあいいとしよう。なにせ周りが人間だったからね。

俺の選択肢が悪かったのかあんまり犯人たち(変異体)と関わりが持てなくハンク(人間の相棒)とイチャイチャしてただけだったし、選択肢は機械的判断に徹したおかげかロボと心に揺れ動くコナーくんを体験できかなり満足がいく結果であった。 

 

カーラ編も・・・うん、よかった。アリスの正体をバラされた後の行動とかね。あれこそ、プレイヤーに”命”か”モノ”か、を問いかけられる部分だったと思う。まあその事実から自暴自棄になった俺のカーラは・・・。

 

つーか、マーカス編なんだよ!面白くなかったのが!

あれもはや人間でもいけたよ絶対!黒人の奴隷とかで!

ジェリコサイドの先導者たちが実に人間臭くて嫌だった。

もうちっとロボっぽさを出して欲しいというかなんというか・・・。

自分のルートだとノースが劇的だった。ただのヒス女やんけ!

ロボットに軽口を叩く必要や、怒りからの金切り声をあげる必要があるのだろうか(相手が対人間だったら関係あるのだろうが・・・)

このストーリーはお話全体を動かすために、キャラクター達が作られ動かされてる感が半端なかった。

 

自分が嫌だったのはそういった、SFとヒューマンドラマ感のズレが一番だったが、そのほかでも細かい矛盾点やSF要素のグダグダ感は探せば出てきてしまうだろうと思う。

つまり、ストーリーに関してはSFに注目したお話に期待するなら微妙ということだ。

じゃあなんで名作なの?

ぶっちゃけ言いすぎた。名作は。目を引くためだ、引けてるかワカランけども。

このゲームが発売前に散々押していたキャッチで”これはあなたの物語”というモノがある。

このゲームの全てはこのキャッチにあるな、と感じた。

しかもプレイ中の山場でも、クリア後の余韻の時間でもなく、終えた後の5chチェック中だ。

先ほど自分は、主人公一人一人のストーリーについて批評した。

しかし、プレイした人でもこれに共感出来る人は、そう多くはないだろう。

何故ならば、このゲームはあなたの物語というのがかなり重要だからだ。

 

プレイヤーは、主人公を動かす中で膨大な数の選択を迫られることになる。

その選択は、以前の選択で登場人物が欠けていたら選べなかったりアイテムを取得していなかったら選べなかったり、そもそも他のプレイヤーはその選択肢には行かず別のルートに進んでいてその場面には立ち会わなかったかもしれない。

この膨大なストーリーラインの変動数により、他のプレイヤーと大幅なストーリーは重なっていたとしても全く一緒な行動を進むことは多くはないだろう。

そしてこれを一番感じられるのは、他人との共有時だ。

これはゲームの攻略や感想をネットですぐ共有出来る現代文化に伴った作りであり、ネタバレが他の人の物語の共有という、新しい感覚に自分は凄さを感じた。(小並感)

またこのゲームには、チャプター(物語の区切り)ごとにチャートというチャプター内での分岐数を確認出来るのだが、そこで全プレイヤーの選択割合が見れる。

これもまた自分が少数派か多数派かがわかり、他人との共有感を高めている。

クリア後は物好きなプレイヤーは、自分が選べなかった選択に対して最初とは違うアプローチをかけるだろう。

しかしこのゲームは、何故か会話のスキップや早送り機能が無く、同じ様な会話を聞き直さなくてはいけないが、それもまた開発者が自分が選んだ選択を大事にして欲しく、2週目を諦めさせるために仕組んだ罠だろう(モノは言いようである。

つまりだな!

まあ、そろそろ長文を書くのにも飽きてきたので締めるが

このゲームは自分の物語他人との共有で楽しむというゲームだった。

よくあるオープンワールド系やMMOなどのオンラインゲームでは、その自由度の高さや人間同士が起こす問題などから、その人にしかない独自の物語を生み出すことが出来るが、それを擬似的にオンライン要素も無いアドベンチャーゲームで体験出来るのは、オープンシナリオ・アドベンチャーという新しいジャンルを味わえたんじゃ無いかなとおもった。(小並感)

 

 

 

まあ、ぶっちゃけ俺の選択した物語はクソゲーだったんだけどもね!

つまりクソゲー

 

以上